天泣‐宵‐



家人達は皆眠りへとついた真夜中。
周瑜は燭台の灯りのもとに書物を読んでいた。
そこへ予想していた通りの訪問者が現れた。
コンコンと窓枠が叩かれ、近寄って見ると寝着姿の孫策が立っていた。
「…何時だと思ってるんですか?」
予想外というわけではなかったが、いくら何でも訪問の時間として間違っている。
怒るというよりは呆れた様子で周瑜は孫策を見た。
「寝てたのか?」
しかし当の本人は悪びれた様子もなく、いつもの笑顔を周瑜に向けている。
「いいえ。書物を読んでいました」
「じゃあ、良いじゃんか」
「良くないですよ。大体、どこから入ってきたんですか?」
周瑜の問いに、孫策は自分の後方を指差した。
そこには家を囲む塀と外まで太い枝が伸びた樹木が一本。
周瑜はすぐに理解した。
孫策らしいというか、何とも安直な侵入方法である。
最も、真夜中に堂々と家門から入ってくる人間などいないだろうけれど…。
「それより中に入れてくれ。意外と寒いんだ」
周瑜がなかなか窓を開けないので、孫策は体を震わせてもう一度窓枠を叩いた。
今更追い返すわけにもいかないと思い、周瑜は仕方なく孫策を中に入れた。
「こんな時間ですから、何も出せませんよ」
「別に良いぜ。どうせ茶ってあんまり好きじゃねぇし」
そう言って、孫策は寝台に背を預けるようにして腰を下ろした。
自宅にいる時と変わらない寛ぎ振りである。
周瑜も元居た場所に戻って、読みかけの書物を手に取った。
「…それで?」
「ん?」
「用があるのでしょう?」

孫策は自分から用件を言うことは滅多にない。
大抵、周瑜の予想通りだからである。
正確に言うならば“分かりやすい”といったところか。
それだけお互いを理解しているということにもなるかもしれない。

読むというよりは目を通す感じで書物を広げていたが、不意に孫策が周瑜の手か
らそれを掴み取った。
「昼間の理由、まだ聞いてない」
「お互い秘密ということで終わったじゃないですか」
「やっぱり気になるんだよ。俺も教えるから教えてくれ」
半分身を乗り出して迫ってくる孫策に対して、周瑜は何事も無いかのようにその
手から書物を取り返した。
そして顔を隠すように目の前でわざと広げ直した。
少しだけ孫策の顔を覗うと、そこには不満の色が露わに出ていた。
単純というか、素直というか…。
くすくすと笑みをこぼして、周瑜は膝の上に書物を下ろした。
「教えなくても…伯符は知っていますよ」
「は?」
瞬く間に疑問符を頭上に浮かべる孫策。
そこへ周瑜の追い討ちの一言。
「覚えていないだけです」
「ヴ…。そんなこと言われても…」
孫策はたじろいだ。
容赦ない――孫策にとっては――謎だらけの発言に頭を抱えたが、孫策も理解し
ていた。

周瑜には全く教える気がないわけではないのだと。

「な?頼む、教えてくれ!この通り!!」
土下座――とまではいかないが、孫策は顔の前で手を合わせて頭を下げた。
きっぱりと嫌と言えばそれまでだが、こうまでされると流石に迷ってしまう。
周瑜は書物を巻いていた手を止めると、俯き加減で口を開いた。
「……が……から…」
「―――え?何?」
やはり聞こえなかったらしく、孫策は顔を上げて『もう一度』という風に周瑜に
注目した。
少しだけ深呼吸をしてから、周瑜はもう一度声を絞り出した。
「…伯符、が…私の髪を…好きだと、言ったから…」
それでも恥ずかしさのあまり途切れ途切れになってしまう。
孫策の方はというと、ぽかんと口を開けて固まってしまっていた。
覚えていないのか。それとも周瑜の言った理由に驚いているのか。
時間が止まったかのように沈黙が流れたが、孫策が思い出したように「ああ…」
と呟いた。
「それって、もしかして…随分前に書庫で俺が言ったやつか?」
床を見つめたまま、周瑜はこくんと頷いた。
実に女々しい理由だと、考えただけで更に羞恥心が込み上げてくる。
「…ほらっ!伯符の番ですよ」
それを紛らわすかのように孫策を促した。
孫策はびくっと大きく反応すると、周瑜の顔を恐る恐る見た。
「お、怒んなよ?」
何故か緊張している様子の孫策。
先刻とは打って変わって周瑜から目をそらしている。
「その〜…雨に濡れて一段と美人だったから、つい…」
孫策の言葉が終わる前に周瑜の手が動いた。
ほとんど条件反射と言ってもいいほどの素早い動き。
側の書物を掴むと、周瑜は手加減無しに思いっきり孫策の頭を叩いた。

小気味良い音が一室に響いた。

「今、本気で叩いたろ!」
「何ですか!その理由は!!」
さすがの孫策にも激痛だったらしく涙目になっている。
周瑜は顔を先刻よりも真っ赤にして孫策を睨んだが、負けじと孫策も己の意見を
言い放った。
「正直に言っただけじゃんか!美人を美人って言って何が悪い!」
「まだ言いますか!!」
周瑜が再び腕を振り上げた。
外では何事だと家人達が騒ぎ起き、周瑜の部屋に向かって来ていた。





その後、周瑜の叔父に見つかってしまい二人(特に孫策)はこっ酷く叱られ、暫く会うことを許されなかったとか。

秋篠音羽さまよりのコメント
はい、お粗末さまでした。
「天泣」秘密明かしver「天泣−宵−」、どうでしたでしょう?
理由が二人との単純でしたね…。私が単純だから、か?
この時代の本って木で出来てるんですよね…。
書物って書いたら紙に思えるかもしれませんが、木と思ってください。

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